Where is the light (that never goes out) ?

いつでもテイクミーアウト

土曜の夜と日曜の朝

深夜1時、スマホが震えたので手に取るとLINEの通知が来ていた。
 
「これからカラオケ行くから、よかったら!」
 
そうか、先週は11時で閉まったあの店も、もう深夜営業を再開したのか。
「今から?笑」と返信しながら、行く気満々で急いでシャワーを浴びた。
軽く化粧をして、いつもなら髪を巻くけど時間がもったいなかったのでお団子ヘアにして外に出る。
 
近所の飲み友達とよく行くカラオケ店は、家から歩いて20分くらいの距離にある。
タクシーを捕まえようか迷ったが、夜の人出が減った影響で最近はあまり走っていないし、思っていたより涼しいし、運動不足の解消も兼ねて徒歩で行こうと決めた。
 
飲みかけだった缶チューハイを片手に、Gallantの"Weight in Gold (Point Point Remix)"を再生する。
ほろ酔いでふわふわしながら心地よい夜風に吹かれる。
周りに誰も歩いていないのをいいことに、エモーション全開な口パクをして、ビートに合わせて拳を振りかざす。
 
すっかり高揚した気分で店につき、連絡をもらっていた部屋番号のドアを開けると、だだっ広い空間によく知った顔が10人ほど集まっていた。
全員ベロベロでドリカムを絶唱している。
おそらく近所の立ち飲み屋で相当飲んでからここに移動してきたのだろう。それが我々お決まりのパターンなのだ。
 
缶ビールとチューハイ4本程度の酔い具合では目の前で繰り広げられる熱狂についていけず、引き笑いを浮かべていると、大人な友人が「お前ら、ふーちゃん来たから乾杯するぞ」と声をかけてくれる。わたしに気づいた年下の女の子が黄色い声をあげながら抱き着いてくる。
集まっていたメンバーの大半と、この数ヶ月顔を合わせていなかった。いろいろあって、わたしがいつもの店に行くのをやめたからだ。
 
みんなのテンションに早く追いつこうと、持ち込まれた鏡月で濃いめのお茶割をつくる。
ミスチルサカナクション椎名林檎、とキラーチューンが続く。今日は人数が多いから、誰でも知っていて盛り上がれる定番曲がメインだな、と理解する。
友人が入れた曲をいくつか一緒に歌ったあと、2杯目のお茶割をつくっていると、誰かが部屋に入ってくる気配がした。入り口を見て固まる。4ヶ月前に別れた元恋人がそこにいた。
 
 
 
この街に引っ越してきて3年、一時期は毎日のように通っていた飲み屋に最近ぱったりと行かなくなった理由は、そこで出会って付き合った彼と別れたことが主な原因だった。
わたしは動揺を隠しきれず、そばにいた友人の肩を叩いて「奴が来た」と耳打ちすると、歌って踊って盛りあがっている友人の輪のなかに逃げた。
曲から曲へ移るタイミングで、気持ちを落ち着けようと酒を煽っていたら、彼がわたしのもとに近づいてきた。
 
「元気だった?」
 
元気だよ、と返しながら精一杯の笑顔をつくったけれど、半分苦虫を噛み潰したような表情になっていたと思う。
別れてから今まで、彼のことを意図的に避けていた。一度バーで鉢合わせしたこともあったが、そのときは彼と一切目を合わせず、一言も喋らなかった。
お互い家から徒歩10分圏内のエリアで飲み歩いている以上、いつか腹を割って話さなくてはいけないときが来ると覚悟していた。でも、それがまさか今日になるなんて。
 
このとき、誰が何を歌っていたかはもう覚えていない。彼に促されて、部屋の隅に移動して腰を下ろした。
 
「店、おいでよ。またみんなで飲みたいし」
「いや、行かないよ」
「俺に会いたくない? まだ時間かかるかな」
「それだけが理由じゃないけど。うーん……」
「なんか言いたいことある?」
 
言葉に詰まった。別れてから数ヶ月のあいだ、散々周りに喚き散らしたのに、いざ本人を目の前にするとどこまで口にすべきか迷ったのだ。
でも「このタイミングで言うしかない」と思ったら、堰を切ったように不平不満が溢れ出してしまった。
 
「『付き合おう』も『別れよう』も、両方そっちが言ったよね。元の関係に戻れたら周りに気遣わなくていいし、都合いいよね。こっちからしたら早すぎるし、今のタイミングじゃない。わたしは相当腹括って付き合ったんだよ? こういう結果になってしまったのは仕方ないけど、もっと重く受け止めてほしい。簡単に友達に戻ろうとか言わないでよ。わたしの気持ち踏みにじってるよ」
 
彼はたぶん、ショックを受けていたと思う。わたしがこの場にいると友人たちから聞いて、仲直りのきっかけになるかと思って訪れたのに、まさかここまで非難されるとは予想していなかっただろう。
軽く考えてるつもりじゃなかったけど、と彼は言葉を濁した。
 
なんでこうなってしまったんだろう。お互いすきで付き合い始めたはずなのにうまくいかなかったこと、別れを告げられて辛かったこと、忘れよう前に進もうとしているのにふとしたことで悲しみの波に呑まれてしまうこと、大人になれないこと、傷ついた心を抑え込んで作り笑いをするくらいならまだ子供でいいと思ってしまうこと。
 
「また話せる?」と訊かれたタイミングで、わたしが予約した聖子ちゃんのイントロが流れ始めた。
誰だ? お前か! 頼むぞ! と泥酔した友人に煽られ、「はーい歌います!」と空元気で立ち上がる。
背後で彼が部屋を出ていく気配がした。後追いで飲み屋から流れてきた何人かと一緒に、別で部屋を取っているらしかった。
 
こんなに悲しい気持ちで「渚のバルコニー」を歌ったことは今までなかった。
いつも通り、全力で昭和アイドルを演じる。声色も意識して変えるし、振りだってつける。
いいぞー! と野次が飛んでくるのが救いだった。
 
おせっかいな友人たちが代わる代わる、「どうだった?」「話すの久しぶりだったでしょ」と伺いを立てに来る。
「いや、わたしはまだ怒ってるよ」と返すと、わたしと彼が恋愛関係になるずいぶん前からよく一緒に遊んでいた面々は残念そうな顔をした。
でも、なかには「突き放したほうがいいよ。それが正解だよ」と言ってくれる人もいて、すこし楽になった。
 
4時に退室コールが鳴り、会計を済ませにレジ前へわらわらと集まる。別室で歌っていたメンバーとも顔を合わせた。「ふーちゃん!」と満面の笑みで声をかけてくれた友人とハグを交わした。
元恋人の姿が見えなかったけれど、たぶん例のごとく飲みすぎてトイレでうずくまっているのだろう。「あいつの面倒はこっちで見るから、先帰りな」と言われて、素直に従う。
 
店の外に出ると、空がオレンジ色の朝焼けに包まれていた。
まだ飲みたい、ガストか松屋行こ~、と帰り道に駄々をこねるも、「勘弁してくれ」と言われて渋々諦めた。
一連のできごとをTwitterに吐露して寝た。
 
 
 
昼過ぎに目が覚めて、彼に冷たく当たったことを後悔しはじめた。
「わたしはこんなに傷ついたのに」と被害者意識を丸出しにしていたけれど、強い言葉で攻めたてた自分だって、きっと彼を傷つけた。
 
別れてからずっと非表示にしていた、彼とのLINEのトーク画面を開いた。
思わず過去のやりとりを遡って見返して、涙が止まらなくなってしまう。
ボロボロ泣きながら、まだ整理がついてないせいでキツい言い方になってしまってごめん、仕事のこととか心配してたから元気そうで安心したよ、と送った。
 
15分くらいして、返信がきた。深呼吸して、気持ちを落ち着けてからメッセージを読む。
俺こそいきなり来て勝手だったね、ごめん、なんとか大丈夫だよ、と書かれていた。
最後にあった「またね」という言葉は、4ヶ月前、彼が別れ際に言ったせりふと同じだった。
もう一度話し合うか、もう二度と会わないか、どっちか決めて、と無茶な要求をしたわたしに、彼は「ふーちゃんがそれでいいなら、もう会わないでいいよ」と悲しそうに答えたはずだった。
 
LINEの画面を閉じる。これ以上返す言葉なんてない。彼だってきっと求めていない。
その「また」は、近いうちに訪れるのだろうか。
わからない。わかりっこない。
でも今回起こったできごとは、わたしたちふたりにとって無駄じゃなかったと、お互い前に進むための一歩だったと、遠くない未来に思えたらいい。
 
 
 

死ぬ直前に聴きたい曲ってなに?

そう訊ねられたのでスマホを取り出してApple Musicで表示すると、「へー、死ぬ前に聴きたいのが英語の曲ってなんかかっこいいね! あ、ジャケットの写真撮っていい?」と無邪気に言われた。

べつにかっこよくなんてない。
気取ってるとか、暗い曲がすきな自分に酔ってるとか思われたくないから、この世でいちばんすきなバンドの話を自ら進んですることはあまりない。

人生でなんども命を救ってくれた曲の名前は、相手が大切な人であればあるほど教えたくない。
だってあなたがこの曲をすきになってしまったら、同じ歌詞を口ずさみながら夜を過ごすようなことがあったら、いずれあなたを失ったときわたしはこの曲を聴けなくなってしまう。



1年ほど前、仲のいい男友達をうっかりすきになってしまったとき、その悲劇は起きた。
お互いに好意を持っていた時期はあったけれど、タイミングが合わなかったのだ。

出会ったばかりのころは、彼のことを「音楽の趣味も合うし顔も超タイプだけど性格が最悪。だから最高の友達」と思っていた。
いつだったか近所のバーでDJごっこをして遊んだ日、朝方まで飲んでおかしなテンションになっていたので「ほんとうのほんとうにすきな曲を流そう」といって、わたしと彼とお店のスタッフさん、それぞれが思い出の曲をかけた。
それを彼はちゃんと覚えていて、一緒に飲んでいるとき度々、わたしが世界でいちばんすきなその曲を流してくれた。

前の前の恋人と別れたばかりのとき、彼はわたしをデートに誘ってくれたけれど、当時は友達としか思っていなかったのでそれとなく理由をつけて断ってしまった。
そのちょうど1年後くらいに、こんどはわたしが彼に惚れてしまったのだけど、彼はそのとき別の女の子といい感じになっていた。

わたしは彼にバレンタインのチョコを渡したり複数人での飲みに誘ったり、それとなくジャブを打ってみたものの、まったく手応えがなくて心が折れた。
彼はわたしの心情を知ってか知らずか、いつもの店で会うと謎のスキンシップをかましてきたり、人が少ない日は例の曲をかけたりしてきやがった。
振り回されて疲れたわたしは、恋に落ちて2ヶ月も経たないうちにスッパリ彼のことを諦め、ほどなくして別の人と付き合い始めた。彼にも年下のかわいい彼女ができた。

狭いコミュニティなので、3ヶ月前にわたしが元恋人と別れたときも情報は瞬く間に駆け巡った。
彼から「飲み行こうよ」と誘われて、前から気になっていた渋谷の焼き鳥ソウルバー(なんじゃそりゃという感じだけど、その名の通りおいしい焼き鳥が出てくるソウルバーである)に行った。

彼は「俺も〇〇さんのこと友達としては好きだけど、あの人まじでどうしようもないからな。早めに別れてよかったじゃん。次、次」とわたしを慰めた。

そっちはどうなのよ、と訊くと、まだ付き合ってるよ、今度箱根行くし、とのことだった。それはそれは何よりです。
と思っていたら、彼は何杯目かのワインを飲んで酔っぱらったのか、おもむろにこんなことを言い出した。

「今だから言うけどさ、俺たぶん2年くらい前ふーちゃんのことすきだったんだよね」

おいおい。ちょっと待て。

「…うん。なんとなくわかってたよ」

いや、わたしもしみじみ言うな。変な空気になるだろ。

「周りにも、ふーちゃんのことすきなんでしょって言われてたしなー」

なぜ今それを言う。なぜ彼女がいる身で、わたしが失恋したばかりのタイミングでそれを言う。

安全圏から見下ろしてんじゃねーよ。
エゴとエモに酔ってんじゃねーよ。
お前は十分魅力的だから大丈夫だよ、って元気づけたかったなら伝え方間違ってんぞ。

わたしは「彼女と仲良くしろよ」と笑ってフラグをバキバキに折った。冗談じゃない。
そんなことで流されてたまるかよ。

いてもたってもいられず、彼が煙草を買いに外へ出て行った隙に、恋愛ってタイミングだよね、みたいなことをTwitterに書いた。
彼の無責任な発言のせいで、わたしの情緒はその後数日にわたってぐちゃぐちゃになった。



白黒はっきりつかない、境界の曖昧なグラデーションみたいな感情がごくたまに生まれる。
お世辞にもきれいとは言えない、複雑に濁った、でも切り捨てられず心の隅に置いておくような感情。

この場所では、そういうあまり大っぴらには書けない心の内をひっそり綴ろうと思う。
もちろん、毎回毎回こんな胃もたれしそうなエピソードを書くつもりはないし、ネタもないので書けないけれど。

なんの話だっけ?
そうだ、この世でいちばんすきな曲の話だった。

ブログのタイトルをどうするか迷っていたら、ついこの前友人と冒頭の会話を交わしたことを思い出して、そこから芋づる式にその曲にまつわる思い出、というにはきれいすぎるしわりと最近の話なので、記憶、そうだ記憶だ、をつらつらと書いた。
没頭していたら1時間くらい経っていた。
仕事しろ。